3.体調と化学物質のダイナミック測定で原因診断に

日本臨床環境学会発表資料(2016年)

【目的】

近年健康悪影響化合物の種類と用途が増え、一方ダイナミック分析器が市販されて来たので、診察室だけでは困難とおもわれる原因を突き止めるために体調不良を感じる環境調査を試みた。

 

【対象と方法】

毒性気体分析器(ハネウェル社ケムキーTLD)、簡易ガスクロマトグラム(JMS社VOC)を用いて変動を記録した。マンション、近隣工事中木造住宅、塗装中住宅、産廃・リサイクル施設周辺、近隣柔軟剤住宅等でケムキ-でイソシアネートとクロマトグラフで化合物全容を、パルスオキシメータで移動中の体調変化も調べた。

 

【結果】

イソシアネートを屋根の塗装時間のみ検出した(図1)。80m離れた見えない距離の建築現場からも工事時間に限り検出し、同時に喘息よう咳と声嗄れ・流涙・朦朧感(図2)。マンションの室内は晴天の日射で濃くなる(外壁と床の塗装、壁紙接着剤)。廃棄物処理場周辺は、週日と時間によるクロマトグラフ変動が著しく(図3)、イソシアネートとシアン化水素は増減しつつ連続検出された。脈拍は汚染地域で急増した。

【考察】

簡易クロマトグラフによるダイナミック分析記録によって、有害汚染がある時の環境のVOCsは種類と濃度の変動が著しいことが分かった。室内と清浄な外気ではほぼ一定であるが、有害な外気は異常な化合物種類でTVOCが乱高下した。イソシアネート汚染はVOCsの種類とTVOC急増を伴う場合と、単独増加の場合があった。ごく低濃度で健康影響が著しい化合物の用途が生活環境に拡大し外気から流入するのでTVOCのみを健康影響の目安にできない。シックハウス対策には窓を開けて外気を導入せよという時代は過ぎ、外が清浄な時には換気して、問題がある時には閉切って空気清浄機が必要である。イソシアネートは種類が増え続けているので精密分析では全種合計の分析は不可能であるから、イソシアネート基に対応する簡易分析器の方が有用で、日本の環境ではリスクがない程度とされてきたイソシアネートが実際には環境に蔓延して健康被害の原因となっていることが見出された。全種イソシアネート合計を検出できるケムキーでの検出と体調悪化する場所と時間は一致した。柔軟剤、消臭剤、繊維製品からもイソシアネートが検出された。環境汚染は種類と濃度の変動が著しい複合汚染であるから各問題環境について全体を俯瞰できるダイナミックな簡易分析法と毒性気体分析器の併用が有効である。体調変動記録も薦められる。


 近年の環境では、年々新しく開発され大量生産され有機材料に取り巻かれていて、体調不良の原因になっているらしいのに原因物質究明が行われずに従来概念のままで放置されています。

 

 アレルギー検査でも新しい化合物に対するものは不確実でほとんどは診断できない状態で患者の不満が消えません。

 

 私どもは新しく導入した化学物質のダイナミックな観察道具を利用して毒性気体の環境汚染状況を調べ、患者の体調変化と照合することで原因物質と発生源を推定して診断と対策に役立てることを考えました。

 体調不良者からの聞き取りで調査場所を決めダイナミックな測定をしました。

 

 測定器は携帯型簡易クロマトグラフと比色式毒性気体分析器です。下の写真のように測定器を室内に置いて、窓の隙間に貼ったビニルシートの穴を通して、メーカー指定の太さと長さのテフロン製チューブで外の空気をサンプリングしました。

 

 体調のダイナミック測定には記録式パルスオキシメータを用いました。

 

 携帯型簡易クロマトグラフはJMS社のVOCモニターで、この図のような本体とパソコン画面で、10分間のサンプリングと分析とクリーニングの操作を1時間ごとに繰り返して、パソコン上に揮発性有機化合物すなわちVOCのダイナミックな挙動をエクセルデータとしてエクル表がいっぱいになるまでの長期間にわたり記録するものです。比色式毒性気体分析器は比色試験テープを巻き取りながらダイナミック測定が可能なこのような形のケムキーという簡易なダイナミック分析器です。吸気口から導入したサンプル空気を比色テープに一定時間吹き付けて、変色の程度をレーザーで読み取って濃度をppb単位で表示するものです。

 目的の化合物種類によって、テープ種類と露出時間を決めます。比色テープは多数の毒性気体に対応するものがありますが、試した結果として多くの場所で検出されたイソシアネートについて述べます。

 

 作業環境管理濃度よりやや低い濃度から表示できますが、この研究では環境で健康影響する薄い濃度でも検出したいので、普通より長い露出時間に変更して観察し、濃度の値を問題にしない定性分析器として使用しました。

 測定例1です。去年の夏から2つの都市の住宅団地から近隣で使う柔軟剤で体調不良になった患者がありました。あちらこちら悪くなり長期入院したけれど分からなくて苦しんでいる人もいました。この人の室内から濃厚なイソシアネートが検出されました。別の都市の、合成香料アレルギーと診断された患者のところでダイナミック観察をしたところ、VOCモニターによるTVOCと通常環境汚染物質4種類の濃度はこの棒グラフのようになりました。その他の化合物合計の濃度に比べて、通常汚染物質のトルエン、キシレン、エチルベンゼン、スチレンが多い時、つまり自動車排気ガス汚染空気が主な時には、イソシアネート検出が少ないように見えます。

 

 イソシアネート濃度が高い時に自覚症状が出るようでした。濃度はメータ表示がたまにある程度です。この人の家族もこの頃では、同じように具合が悪くなり通院しています。

 測定例2として、別の都市の田圃からの風通しがよい住宅地で、今年のゴールデンウィークにケムキーでのイソシアネートが最大7、ほぼ常時4~2とメータに表示され、24時間中にごくわずかの間ゼロ表示といつもの値に戻りました。

 

 ケムキーでイソシアネート存在がメータ表示されるほどの時間には、VOCモニターでトルエンなど普通の大気汚染物質濃度が普段に戻り、イソシアネートが多い時間には普通の大気汚染物質はほとんど見えなくなって、TVOCも下がるというイソシアネートと反対の増減が明白でした。

 その他の化合物が殆どで普通汚染物質の割合はほとんど見えなくなりました。この地域は車通りから遠く離れていて普段からTVOCとかNOxは極めて少ないところですが、クロマトグラフは主としてトルエンなど普通大気汚染物質であることを示すところでしたが、田植えシーズンのゴールデンウィーク以来、クロマトグラフの形が変わってしまいました。イソシアネートがある時間には、普通の大気汚染物質が激減しますが、咳や声ガレ、涙や朦朧感、倦怠感など体調は悪く、ケムキーの濃度指示は上がりました。普通化合物が普段のように増えるのは夜中の傾向がありました。この汚染で咳や鼻水など体調を崩した茨城の人が、滋賀県の琵琶湖に出かけたら道中も琵琶湖もすっきりと体調良くなったということでした。茨城南部はかなり広範にこの種の汚染が流れたようです。

 農薬や香りを長持ちさせるために徐放技術と言ってポリマーを使うそうです。例えば左の写真のようなマイクロカプセルで包むとか、右の図のように籠型の分子構造のシクロデキストリン分子を繋いだポリマーに吸収するとか。それらのポリマー原料としてイソシアネートを使うと性能が良いそうです。マイクロカプセルは3μ、シクロデキストリンは0.3ミクロン程度の大きさと言います。これらは海洋汚染物質として規制され始めたマイクロプラスチックにも該当します。

 田植えシーズンに特定地方で広がったこと、飛来するイソシアネートが増えると普通のVOC汚染が減少することから、シクロデキストリンポリマーからの飛来および普通VOCの吸収を疑っています。シクロデキストリンまたはイソシアネートと農薬および徐放性のシクロデキストリンで検索した公開特許は、1995年頃から急に増え、2013年ごろから一段落しています。そろそろ生産と販売が本格化し始めたのではないでしょうか。

 測定例1の柔軟剤の中でも香りをシクロデキストリンポリマーやイソシアネートカプセルで包むという特許が出ています。

 

 測定例3は、新築現場から80mほど離れて他の家々の陰に隠れている住宅でのダイナミック測定した記録です。

 

 工事が始まったのには気が付かずに窓を開けて昼寝中にものすごい咳の発作で、もがきながら目が覚めて救急車で搬送され点滴治療を受けました。後日、車で通りながら新築土台工事が始まっていたことが分かりました。

 

 VOCモニターとケムキーとを、現場から裏手に向いた窓の中に設置して、外の空気をダイナミック測定しました。ケムキーでは連日のように朝から夕方までの工事時間にだけイソシアネートが記録されました。

 工事が終わりに近づいたころには、右のテープ記録のようにイソシアネート検出時間が少なくなりました。イソシアネートが検出された時間にも点線で示すクロマトグラフのように、普通の汚染化合物もありました。イソシアネートが検出されない時間にも、種々な混合汚染があり、普通の汚染以外の化合物ピークもありました。この頃のように低濃度でも発症しやすい含窒素有機化合物が広く使われてくると、TVOCが空気の健康影響危険性とは関係ないことが分かりました。

 測定例4では、やや古いマンションですが、狭心症を頻発し血管炎を併発し、しばしば咳の発作がある患者がいました。訪問者からその部屋で気分が悪くなったとか訪問翌日にダウンしたとか言われていました。その部屋の床はワックス不要に塗装されて、しかし直射日光が当たる部分はささくれ立って塗料が次第に分解している様子が明らかでした。

 

 この室内では日が差している時にはいつもイソシアネートが検出されました。

 移動した隣の部屋は床がプラスチックで日当たりが少なくて体調はいくぶん改善しました。ベランダで測るとケムキーは反応しませんでした。しかし、6月になって日射が強くなると風通しの良い日陰の室内でも時々イソシアネートが検出されるようになり、その時の体調も悪化しました。この季節でも嵐があった後や雨の間は窓を開けていてもイソシアネートは検出されませんでした。

 

 すぐに転居して、体調は目立って改善しました。

 健康被害など環境汚染が推定された産廃施設周辺で行政による精密分析が何回も行われ、その中の2回のサンプリング前後にVOCモニターで測定つづけたTVOCです。サンプリング時間のTVOCは赤で示しました。

 

 金曜日の朝は8時まではTVOCでしたが、サンプリング開始時間になると急激に少なくなりました。土曜と日曜を比較的低濃度で過ごして、月曜にまたサンプリングをしましたが、サンプリング中は低い濃度で、終わったら急に高濃度な汚染に変わりました。

 月曜日にはケムキーでイソシアネートも調べましたが、サンプリング中には普段と違って検出されず、サンプリングが終わって数時間後から検出され始めました。VOCモニターのクロマトグラフでも、実線で示すように通常の日の汚染に比べて検出される化合物ピークは減っていました。

 

 点線で示した普段の日には、保持時間600sec以降に示される通常大気汚染とは異なる化合物ピークも示されています。

 パルスオキシメータで脈拍数と血中酸素濃度SPO2をダイナミック測定しながら会議室に出入りした時の記録です。上の段は、つくば国際会議場の4階の20人ほどの会議室での7月の様子ですが、会議室にいた赤線の時間だけは脈拍数が著しく増加して変動していました。自宅にいる時には50ほどの徐脈ですから、2倍以上まで変動したわけです。自宅に帰ると変動がなく脈数が低く戻りました。このビルディングは全館冷暖房で窓は締め切りです。真ん中の段は、同じ会議室の8月の様子ですが、7月の時と同じようで、再現性ある体調変化であることが分かりました。下の段は、土浦市の第3公民館の30人のセミナー会議室で、窓を全部開けて、3時間講演中の測定です。セミナー室内では上の例と反対に、会議室内では脈拍が自宅の値で変動がなく落ち着いていて、帰り路で建築現場に近づいたら脈拍上昇しました。

 

 今後は、このような患者の環境での変動を汚染化合物の変動と並行して測定して照合する予定です。

 簡易クロマトグラフと毒性気体分析器でダイナミックな測定をすることで、変動する汚染化合物の様子を把握して、患者の自覚症状と照らし合わせて、原因化合物と発生源の手掛かりを得られました。 毒性気体のイソシアネートの種類が無限に増えるので標準試料もデータバンクも揃えられず、精密分析器で全体を分析するためには特別な前処理が必要ですが、それに必要な試薬が日本には輸入されていないのでできません。赤外分光分析ならば可能性がありますが、安全性を確かめるには感度が不足です。

 

 知られないままにイソシアネートの発生材料は日用品にまでも広がっています。

 

 ダイナミック測定で分かったように、汚染化合物濃度は著しく変動していますから、精密分析しても長時間の平均濃度や少ない回数では、健康影響を判断できないことが確かめられました。また、低濃度で影響する毒性気体が増えて来たので、TVOCを安全性の目安には出来なくなったことが確かめられました。